北米最大の先史都市「カホキア」〜モンクス・マウンドの底面積はクフ王のピラミッドより巨大


カホキア(Cahokia)は、イリノイ州コリンズビルにある北米最大のマウンド遺跡です。高度な知識と技術に基づいて設計された13平方kmに広がる古代の巨大都市で、10世紀頃から約500年間にわたりネイティブ・アメリカンの社会で大きな役割を果たしていました。初期の北米史を理解するうえでの重要性が評価され、1982年には世界遺産にも登録されています。

ここに都市が発達したのは、近くにミシシッピ川、ミズーリ川、イリノイ川という3つの大河が出会う肥沃な場所があり、魚や水鳥が多かったほか、周辺の森には動物もいて食料に困らず、木材、石、背の高い草など、家を作るための材料も豊富だったからです。カホキアでは、まず「Cahokia Mounds Interpretive Center」という資料館で少し予習をしていくと、実際にマウンドを見た時の理解が深まります。

これは街の中心部分の模型です。当時は、一番大きな「モンクス・マウンド」を中心に大小120基ほどのマウンドが並んでいました。

この模型は、いかに「モンクス・マウンド」(右から2番目の緑色)が巨大であるかを示すもので、メキシコのティオティワカンにある「太陽のピラミッド」(一番左)よりも大きいだけでなく、エジプトの「クフ王のピラミッド」(一番右)と比べても底面積では勝っています。隣にある白いメキシコのチッチェンイッツァは、カホキアに比べるとかなり小さいですね。

土偶やボウル類などもたくさん出土しています。

羽のある人間が彫られたタブレット

カホキア人は死後の世界を信じていて、手の込んだ儀式が行われていました。それを象徴するような出土品が、この羽のある人「バードマン」のタブレットです。裏には鱗を思わせる斜めの交差線がたくさん入っていて、マヤやアステカの「羽のある蛇」とどこかつながる感じです。バードマンの絵は資料館の入り口にも掲げられています。

資料館の後ろのドアを出ると「グランド・プラザ」につながっていて、数あるマウンドを自由に歩いて見て回ることができます。広場の正面にそびえる大きなものが、カホキアの政治、宗教、儀式で中心的な役割を担っていた「モンクス・マウンド」。「モンク」は英語で修道士のことを指し、19世紀初期にトラピスト会の修道士がマウンドの上に庭園を作っていたため、こう呼ばれています。マウンドは、テント型、円錐型、台形といろいろありますが、この「モンクス・マウンド」のような台形マウンドの上には神殿、議場、指導者の住居などが建っていることが多かったようです。

1887年に描かれたモンクス・マウンドの絵
Records of Ancient Races in the Mississippi Valley by William McAdams (1887)

これは1887年に描かれたマウンドの絵です。カホキアの時代にもこんな形で頂上に指導者の住居などが建っていたと思われます。
「モンクス・マウンド」を描いたということですが、プロポーション的に今よりずいぶん高く見えますね。

こちらは現在の「モンクス・マウンド」。
2層になった正面の階段を登って上へいくことができます

上から振り返った景色

当時は「偉大な太陽」と称された酋長やごく限られた人々しか立てなかったであろう頂上部分からは、周囲のマウンドを見渡すことができ、当時の指導者たちがここから全体の状況をチェックしつつ街を統治していたのだとわかります。

カホキアには、地域内に80基、敷地内に68基、中央広場の周辺だけで20基のマウンドが残っていて、全て回ろうとするとかなりの時間がかかります。それぞれのマウンドには番号が振られていて、例えば72番はお墓のマウンドです。ここには、位が高いとみられる男性が大量の貝殻ビーズの上に横たわり、矢じりや石など多くの副葬品とともに埋葬されていました。このマウンドは、3基のマウンドで構成されていて、その一つには300人ほどの若い女性なども埋葬されていたようです。

ウッドヘンジ

これはウッドヘンジ。サークルは何度も作りなおされ、そのたびに杭の数は変わったようですが、一番新しいものは12〜13本。今の時計の目盛りに近いですね。どの杭から日が昇るかで季節の変化がわかり、春分/秋分には指導者のいる「モンクス・マウンド」の方向から日が昇って、そこから太陽が生まれるようにみえる配置です。

西暦400年頃に最初の人々が住み着き、200年後にはマウンドが作られ始め、最盛期の西暦1050年頃には、人口数万人という当時のロンドンやローマよりも大きな都市となっていたカホキアですが、14世紀になると突然姿を消しました。理由は長いあいだ謎でしたが、最近の調査では、洪水で滅びた可能性が高いことがわかっています。堆積物サンプルの分析などによると、この地域は過去2000年間に8回の大洪水に見舞われ、その深刻度が集落の変遷の歴史と大きく関わっており、滅亡した時期にはミシシッピ川の水位が10m以上上昇する大規模な洪水があったと推測されています。

遠くにセントルイスの街並みが見える風景

モンクスマウンドの上からは、アーチも含めたセントルイスのスカイラインもみえます。ここからは近い(13km)ので、カホキアに行く時にはセントルイスにも寄って有名なゲートウェイ・アーチなどを見ても楽しいと思います。

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