車で回るセントマイケルズ・レイライン(11)バースはまさにテルマエ・ロマエの世界


オールド・サラムからは再びセントマイケルズ・レイラインを北西方向にクロスして「バース」(Bath)に行きました。バース(英語でお風呂)という地名の由来である古代ローマ人が作った公衆浴場の跡をみるためです。現代のイメージでは「イギリスにローマ?」と違和感がありますが、ローマ帝国の最盛期の勢いは強大で、紀元43年にはイングランドに侵攻し5世紀まで支配下においていました。そして、古代ローマの多くの都市には少なくとも1つの公衆浴場があったといわれています。

バースまでのドライブ時間は1時間ちょっとですが、車でバースに入る場合は、どこに車を停めるかが大きな問題です。旧市街はほとんど車が入れないうえ、停められる場所が少ない。バースに近づくにつれ道は混み始め、駐車場を探すだけで相当の時間を取られそうだったため、とにかくエイボン川を超えてすぐに目に入った大型の立体駐車場に飛び込みました。これは正解だったのですが、できればバースには午前中に入るのがおすすめ。私たちは、ストーンヘンジやオールドサラムをみて行ったため午後の到着となり、この大きな施設もほぼ満杯。5階までぐるぐる上り、最後の最後に残った1台分のスポットをようやく確保できた状況でした。

車を置くとまっすぐ公衆浴場に向かいました。町は思ったよりコンパクトで、歩いてもそれほどの距離ではありません。ローマっぽい街並みには人がいっぱい。全て石造りですが、黄色みを帯びた地元のバースストーンが使われているので、どこか温かみが感じられます。

温泉の跡は「ローマ浴場博物館」(Roman Baths & Museum)になっているので、£15の入場券を購入して入館(日本語のオーディオガイド有り)。浴場は再現されていますが、ミュージアムなので、残念ながら来館者が実際にお風呂に入れる施設はありません。なかは、神殿の跡も再現されているほか、展示室の資料も膨大な量なので、じっくりみて回りたい人は十分な時間をとっていく必要あり。

浴場はまさにテルマエ・ロマエの世界。テルマエはラテン語で大浴場、要するにバースです。この地に大浴場が建設されたのは紀元65年頃。ローマ軍がイングランドに侵攻したのが43年ですから、わずか20年くらいで着工した訳です。いかにローマ人がお風呂好きだったかがわかりますね。でも、バースは昔から、先住民のケルト人が崇拝していた泉の女神スリスにちなんで「アクアエ・スリス」(スリスの泉)、または「アクアエ・カリダエ」(温かい泉)と呼ばれていた場所。すでに紀元前9世紀には古代ブリテンのブラドッド王が源泉を発見して疫病を治癒し、のちに都市を建設したという伝説もあるほどなので、大昔から湯治場として知られていたようです。ちなみに日本では、600年頃から日本書紀などに温泉の記述が現れます。現代のイタリアやイギリスに温泉文化は残っていませんが、日本ではしっかり根付いていますね。

ローマ人が作った浴場施設は、高温、微温、水風呂など複数の浴室のほか、サウナ室、マッサージ室などもある一大スパ・コンプレックスでした。「聖なる泉」と呼ばれる源泉からは、現在もミネラルの豊富な46度の熱湯が1日に117万リットル湧き続けており、浴槽に温泉を引き、あふれた湯はエイボン川に流すという仕組みもちゃんと機能しているそうです。ちなみにこのエイボン川は、シェイクスピアの街ストラトフォード・アポン・エイボンやウッドヘンジ、ストーンヘンジでも登場したあの川です。Avonというのは、ウェールス語で川を意味するafonからきているらしく、昔から川といえばこれを指すほど重要な川だったことがわかります。

 

二階のテラス部分にも出られます。手すりの上にはローマ皇帝やブリタニアの総督などの像がずらりと並んで浴場を見下ろしています。

 

当時、浴場の隣には「スリス・ミネルヴァ」(Sulis Minerva)という神殿がありました。スリスは前述したケルトの泉の女神、ミネルヴァはローマの治癒の女神。侵略してきたローマ人は、もともとあったケルトの神殿を壊さず、自分たちの女神と同一視して扱ったため、合体した神殿になったようです。上の写真はその破風で、中央は蛇の髪をしたギリシャ神話の女怪ゴルゴン。ゴルゴンの右下にはミネルヴァの使いといわれるフクロウの姿も。

館内では、大量の出土品の展示に加え、古代ローマ人の生活を再現したビデオなども上映されていて、当時の生活、服装、髪型などをビジュアルでわかりやすく見せています。
神殿には、当時の人々が神様にお願いをした言葉や呪いの言葉(?)なども残っていて、温泉に入っている間に誰かにローブを盗まれた人が「どうか盗人をひどい目に合わせてください」なんてお願いしているケースもあって、本人は真剣だったのでしょうが、笑えます。今も昔も、洋の東西を問わず人の行動や感情の動きというものはあまり変わっていないようです。

これは、1727年に発掘された女神ミネルヴァのブロンズ像。実物大の人間の頭部より少し大きく、頭髪の欠けた部分は、先の尖ったコリント式の兜をかぶっていたと考えられています。

博物館と隣り合わせのパンプ・ルーム。温かい鉱泉を飲むための社交場として1706年に作られ、今はティールームになってますが、鉱泉も飲めます。

浴場のすぐ裏にあるバース寺院(Bath Abbey)は、浴場よりは新しいものの、起源は676年に建設された修道院といわれ、1300年以上の歴史があります。


ファサードの見所は、梯子を上り下りする天使たち。いわゆる「ヤコブの梯子」と呼ばれるものです。旧約聖書ではヤコブが梯子を使って天と地を行き来する天使の姿をみたとあり、15世紀にこの大聖堂の再建に関わった司祭も夢で天使に「王に教会を修復させよ」と言われたことから、このモチーフを入れることになったそうです。天使は翼を持っているのに、飛ばないでハシゴを上るというところが、なんだか面白いですね。

 

教会のなかは白ですっきりした印象。それほど広くはありません。

後期イングランド・ゴシック様式のファン・ヴォールト(扇型天井)が見事。どこかエジプトの神殿のパピルス模様を彷彿させる感じ。ステンドグラスも綺麗でした。

ひととおり街をみた後は、一旦駐車場に戻り、車で町外れの丘に建つロイアル・クレッセントへ。

1774年の完成当初は上流階級の別荘だった半円形の綺麗なビル群。30軒の大邸宅が三日月型(クレッセント)に連なっていて、一番東側の1番地が博物館、15&16番地はホテルになってます。

この日の観光はこれで終わりましたが、夜寝る前に宿でたいへんな目にあいました。その話は次回に…。

 

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