車で回るセントマイケルズ・レイライン(10)ソールズベリーの前身「オールド・サラム」には石器時代から人がいた


ストーンヘンジで2時間ほどすごした後に私たちが向かったのは、約7.6km南にある二重の濠で囲まれた円形遺跡「オールド・サラム」(Old Sarum)です。この遺跡のことは直前まで知らなかったのですが、ネットで調べものをしている時に見つけ、写真をみただけで「これは古代のマウンドに違いない」と確信し、急遽行こうと決めました。一般には、中世にソールズベリーの大聖堂が今の場所に移される前にあったオリジナルの場所として知られているようですが、調べてみると、やはりストーンヘンジと同じように紀元前3000年位の新石器時代から人が住んでいたようです。最初は狩猟、のちに農耕民族が住み、すでに鉄器時代(紀元前400年頃)には要塞がつくられ、外側の濠はこの時期に築かれました。ちなみに、ウィルトシャーには他にも鉄器時代の要塞といわれるGrovely Castleという遺跡があって、そこと、オールド・サラムとストーンヘンジは1辺6マイルの正三角形の線で結ぶことができます。オールド・サラムはその後、ローマ帝国の支配などを経て、ノルマン朝の初代イングランド王ウィリアム1世(ウイリアム征服王)が統治し、11世紀に城や聖堂を建設。息子のヘンリー1世の時代に、今遺跡が残っている石造りの強固な城が築かれたと考えられています。その後も城や聖堂は改築され、英国西部の重要な街となっていきましたが、人口の増加に伴う水不足などから、街全体を今のソールズベリーに移すことになり、それに伴って1226年には聖堂もそちらに移動。オールド・サラムの「サラム」はソールスベリーの古名で、古い方のソールズベリーという意味なので、今のソールズベリーはニュー・サラムとも呼ばれています。

オールドサラム

入り口の案内板にあった上の航空写真を見るとわかりやすいですね。ヘンジの真ん中にマウンドがある感じ。左側手前に見える白い十字架のようなものが、古いソールズベリー聖堂の跡。

現ソールズベリー大聖堂にある12世紀当時の模型。内濠の中の一番高い部分にお城があって、内濠と外濠の間に多くの家が建ち、庶民が暮らしていました。城郭都市だったんですね。

オールドサラム入口
私たちはまずお城のあった真ん中のプリン型の丘へ。
オールドサラムの城に続く橋
橋で内濠を渡りますが、昔は敵が攻めてきた時にはずせるよう跳ね橋だったそうです。

オールドサラムの濠
近くで見るとお濠はかなりの深さ。


橋を渡った先からは有料(£4.80)です。

城跡を見て回るといっても、残っているのは外郭を示す礎石や崩れかけた石壁だけ。

 

多少興味を引くのはここ?
オールドサラムのトイレ跡


トイレの跡です。
おまるが一般的だったこの時代にきちんとしたトイレの設備があったんですね。

 

 

 

 

説明はところどころに簡単な英語の案内板が立っていますが、日本語の説明やパンフレットなどはなし。

オールドサラムからみたソールズベリー
見晴らしはよく、遠くにソールズベリーの町や今の大聖堂の尖塔なども一望できます。ソールズベリーはここからは3kmほど南。


お城の周りの土塁上に作られた遊歩道。


お城の下のドーナツ部分は無料なので、橋の手前で右に折れて広い芝生や聖堂跡などだけを楽しんでいる人もたくさんいました。

オールドサラムの聖堂跡
お城の上からみた聖堂跡。


こちらは、聖堂跡におりてきたところ。


昔は町があった場所も、今は気持ちのいい広々としたスペースになっています。


住所:Castle Road, Salisbury, Wiltshire, SPI 3SD

*遺跡内に無料の駐車場がありますが、道幅が1台分しかないのに、入口や出口の標識などが何もないので、対向車が来るとちょっとたいへんでした。混みあう時はどうやって流れを整理するんだろうと思いましたが、ピーク時には係員が立ったりするのかもしれません。

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