アメリカにもたくさん古墳があった!~太古の先住民が残した無数の古代マウンド


【アメリカ建国よりはるかに古い北米の歴史】

アメリカは、建国200年そこそこの若い国と思われていますが、それよりはるかに古い時代の遺跡がたくさん残っています。

ポバティ・ポイント文化(紀元前2000〜紀元前700年)、アデナ文化(紀元前1000年〜紀元前300年)、ホープウェル文化(紀元前300年〜西暦700年)、ミシシッピ文化(西暦700〜1600年)といった古い文明の遺跡で、中西部から南東部、東部とかなり広範な地域に、多くの「マウンド」(Mound)と呼ばれるものが残っています。マウンドは主に、儀式の場、指導者の住居、墳墓としてつくられたとみられる人工の丘のことで、土を積み上げた塚です。これらの文化の担い手たちは「マウンドビルダー」と呼ばれ、時には巨大な丘陵を作り、その上に神殿などを建てて、神に祈りを捧げていました。マウンドからの出土品にヨーロピアンの影響はみられず、15世紀にヨーロッパの白人がアメリカ大陸に入ってくる前の、ネイティブアメリカンの文化だということがわかります。ほとんどのマウンドは、夏至や冬至に特定のポイントから太陽が昇るなど、位置や方角が綿密に計算されており、マウンドビルダーたちが高度な天文学や数学の知識を持っていたことを示しています。

【メキシコのピラミッドや日本の古墳との類似性】

米国東部のマウンド地図

マウンドには、テント型、円錐型、台形型など様々な形や大きさのものがあります。上の地図は、米国東部に残っているマウンドを示すものですが、緑の台形で示されたマーキングは、マウンドのなかでも祭儀の中心地だったと思われる大きなもので、ミシシッピ川沿いに集中しています。これらのマウンド・センターは、広い敷地のなかに複数のマウンドがそれぞれ何らかの意図を持って配置されています。驚くのは、地図全体に広がる無数の黒い点で、この写真では見えにくいかもしれませんが、これらはみんなマウンドなのです。半端な数ではありません。

イリノイ州にある「カホキア」といった大きなマウンドは、「ティオティワカン」などメキシコの遺跡を彷彿させます。ティオティワカンのピラミッドは石でできているのに対しカホキアのマウンドは土ですし、装飾などはなにもありませんが、その場に立ってみると全体の雰囲気がとてもよく似ています。個人的には、ネイティブアメリカンたちの先祖が今のメキシコにあたる地域と文化的につながっていたことは疑う余地がないと感じられます。

また、これらのマウンドは、日本の古墳ともよく似ている気がします。日本人ならマウンドを見た時にすぐ「古墳だ」と思うのではないでしょうか。ちなみに、ミシシッピ文化はちょうど日本で巨大古墳の時代が終わった頃に始まっています。

【低い知名度】

マウンドは、考古学的に重要な意味を持つものも多いのですが、一部を除いてそれほど手厚く保護されているようには見えず、一般にはその存在があまり知られていないのが実情です。世界遺産に指定されている規模の大きなカホキアやポバティ・ポイントでさえ、国内でも知名度はそれほど高くなく、かなりインテリ層のアメリカ人でも知らない人が少なくないのです。また現地でも、例えば私がカホキアに行った時には、ハイウェーの州境にあるビジターズ・センターで情報提供量が極端に少なく「他の地元のアトラクションや観光名所は山のように宣伝されているのになぜ?」と意外に感じました。私見ですが、あとからこの地にやってきた白人アメリカンにとっては「マウンドは先住民の文化」(自分たちのものではない)という感覚が強く、自分たちの都合に合わせてそうした文化の一部を破壊してきた歴史もあるため、あまり触れたくないものだったのかもしれません。今では偏見も減っているでしょうが、社会としての記憶は長く尾を引きます。見た目が地味(基本的に外見はただの盛り土です)なので観光客の関心を引きにくいということもあるかと思いますが、歴史的な価値は非常に高く、もっともっと注目されるべき人類の遺産だと思います。

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